未来の価値 第44話


『ルルーシュッッッ!!!』

激しい爆音と共に飛び込んできた機体が、その名を叫んだ。
爆発は岸壁をえぐり、爆風は土砂を巻き上げた。生身の状態でKMFの上に立っていたルルーシュは、激しい土埃に視界を奪われ、その爆風に痩身が煽られ飛ばされそうになったが、1騎のKMFが機体で包み込むように守ってくれた。
それは傍にいたゼロの機体だった。
駆動音と共に土煙の向こうから姿を現したのは白い機体。
ブリタニアの誇る第7世代KMFランスロット。
現存するKMFの中で最も気品にあふれ、美しいと言われているその機体が、この場所に突如現れたのだ。恐ろしいほどの性能を誇るこの機体に散々煮え湯を飲まされてきた黒の騎士団は一瞬たじろぎ、知らず距離を取っていた。

「スザク!?」

突然乱入してきたランスロットに驚き、その名を呼んだ。
その声が聞こえたのか、ランスロットは視線をそちらに向ける。ゼロの機体の陰に僅かに見えた姿を視界に収めると、ほっと安堵の息を吐いた。

『よかった、無事だったんだね。待ってて、今助けるから』

視線を辺りに向け話す声は次第に低くなり、その表情を真剣なものへと改めた。普段のスザクを見慣れた者から見れば、別人と言っていいほどの殺気と闘争心をむき出しにし、他の機体には目もくれず、一直線にゼロの機体に攻撃を仕掛ける。

『ルルーシュから離れろ!!!』

鋭く突きだされたMVFの切っ先がその機体に届く前に、横から邪魔が入りスザクは思わず舌打ちした。素早いスザクの動きに反応したのは紅蓮だった。
カレンはスザクとゼロの間に割り込み、スザクの攻撃をいなすと右手を突き出した。鉤爪型の見慣れぬ腕に、これは危険だと本能的に悟り、スザクは後方に飛んだ。ルルーシュとの距離が開いたことで、スザクはますます険しい表情となった。

『邪魔だ!退け!!』
『邪魔はあんたよ!白兜っ!!』

ゼロの機体を守る紅蓮とまともに戦ったのでは不利だ。何せここには紅蓮だけではない、ゼロの機体と、それを守る様に取り囲む黒の騎士団のKMFがいるのだ。何より、ルルーシュがいる。しかも生身の状態で、KMFの上に立っているのだ。下手な戦闘を行えば、ルルーシュの身が危ない。紅蓮の攻撃を素早くかわしながら、距離を詰めようとするが、それをゼロに阻まれる。
ルルーシュの至近距離で戦闘など出来ないため、距離を取らざるを得ない。
先に紅蓮を潰すべきか。スザクはルルーシュに向かう体制から、紅蓮へと向きを変えた。それに気付いたゼロは、ルルーシュに再び向き直る。

『さあ、こちらへ殿下。我々と共にブリタニアの破壊を』

ゼロの騎乗するKMFが手を差し伸べ、ルルーシュに乗るよう促した。ルルーシュは紅蓮とランスロットの激しい戦闘音を聞きながら、じっとその手を見つめていた。

『ルルーシュっ!駄目だっっ!!』

必死に叫ぶスザクの声と共に、紅蓮が勢いよくゼロの機体にぶつかった。ゼロの意識がルルーシュに集中したその隙に、スザクが紅蓮に激しい攻撃を仕掛けたのだ。素早い動きのスザクに対応するのがいっぱいいっぱいだったカレンは、ゼロの機体の位置を測りそこね、スザクの攻撃をかわし後退た時、背後にいたゼロのKMFに接触し、体勢を崩したのだ。そしてそのままゼロの機体を下敷きにする形で倒れこむ。その隙を逃すスザクではなく、一瞬でランスロットをルルーシュの傍に移動させると、両手を差し出し迅速に、それでいて壊れ者を扱う様に繊細にルルーシュを持ち上げた。突然のことにルルーシュは「ほわわぁあぁ!?」と素っ頓狂な悲鳴を上げたが、無事に手のひらに収まってくれたことにスザクはようやく安堵した。
両手でルルーシュを手にした時点でスザクに戦う術は無い。
これは好機と他のKMFがスザクに迫ったが、もう用は無いと言わんばかりにスザクは撤退を開始した。素早い動きで攻撃をかわしながらこの場を離れていく。その動きについていけるのは紅蓮だけだが、まだ起き上がれず、同じく倒れ伏しているゼロを気にかけている為、仕掛けてくる気配は無かった。ランスロットの素早い動きに翻弄された黒の騎士団のKMFは、逃げるランスロットを追いかけるが当然追いつくこができない。
第7世代との性能差とパイロットの腕の差がありすぎた。

『深追いするな。こちらも撤退する』

ゼロの冷静な声が通信機から聞こえた。

『な!?此処まで追い詰めたのにか!?あいつさえどうにかすりゃ、あのいけすかない皇子サマを捕獲できんだぜ!』

玉城は激昂し怒鳴った。

『これ以上は撤退が難しくなる。潮時だ』

そもそもブリタニア軍に囲まれた現状を打ち破ったのだ。奇跡ともいえるこの好機を逃せば、待っているのは拷問と死だけ。ブリタニア軍を追い詰め、勝利し、皇子という捕虜を手にできると浮かれていた者たちも、慌てて撤退を始めた。

追って来ていたKMFの駆動音が離れていく事を確認したスザクは、ランスロットを停止させた。そして素早くランスロットを駆け降り、その両手に包んでいたルルーシュの元へ向かった。

「ルルーシュ!!」

ゆるく開けられた掌の上には、真っ青な顔のルルーシュが横たわっており、その両目をきつく閉じていた。スザクは顔色を無くし、ルルーシュのすぐ傍に膝をつくと、恐る恐るその頬に触れた。
・・・冷たい。
ざわりと体が粟立った。
まさかと最悪の想像をし、手が震えた。
両手で触れたその体は冷たく硬直しているようで、何の反応も示さなかった。

「る・・・ルルーシュ?ルルーシュ!起きてルルーシュ!ルルーシュ!!」

お願い目を開けて!!
脈の確認や呼吸の確認という基本はすべて頭から抜け落ちた。必死になって呼びかけ、体を揺すると、その柳眉が僅かに寄り、ふるりと睫毛が震えた。そして朝焼けの空を思わせる深い紫色が姿を現した。
焦点の合っていない瞳が視線を彷徨わせ、やがてその視線は空を見上げる形でとまった。霞む視界の先には青い空。少し視線をずらすと、すぐ傍に泣きそうな顔のスザクが見え、ルルーシュは数度その瞳を瞬いた。

「・・・スザク・・・?」
「・・っルルーシュ!・・・良かった。本当に良かったっ!」

辛く苦しく泣きそうだった顔から一変、心の底から安堵したという笑みを浮かべ、スザクはぽろぽろと涙をこぼしながらルルーシュを抱きしめた。
スザクの暖かな体温が、冷え切った体に染みわたってくるようで、緊張からか固くこわばっていた体から次第に力が抜け落ちた。スザクの歓喜に満ちたその声と暖かさでようやく脳が動きだし、ああ、助かったのかと安堵の息を吐く。

「・・・苦しい、寒い。この馬鹿が」

自分を抱きしめてくるスザクにとりあえず悪態を吐く。

「あ、ごめん。でも寒いってどうして・・・どこか怪我でもしてるの!?痛い所は無い!?」

冷え切っているルルーシュの体を抱きしめたまま、力だけ緩めたスザクは、蒼い顔で今にも瞼が落ちそうなルルーシュの顔を見つめた。

「お前な・・・怪我とか以前の問題だ。あんな高速移動をこんな掴まる所も風よけも無い場所でされてみろ・・・もう少し考えろこの馬鹿が」

ランスロットの手の中と言う不安定な場所。体はいつその隙間から滑り落ちるかも解らない。地崩れが起き、お世辞にもなだらかとは言い難い斜面を駆け降り、さらには攻撃を交わすためのトリッキーな動きと高速移動が加わるのだ。想像してほしい。安全のためのベルトも、掴む場所も無い上に磨き上げられてツルツルな座席に必死にしがみついて、絶叫系も真っ青な動きをされれば血の気が引くのは当然で、高速移動による風圧を直接受ければ誰でも体くらい冷える。全身の筋肉を総動員してしがみつくのだから体だってガチガチに固まるだろう。
・・・洒落にならない。本気で死ぬかと思った。
これなら銃を突きつけられている方がずっとましだ。
ああ、でも生きてるんだな、俺は。
抱きしめてくるスザクの体温が心地よく、暖かいなとその体に体重を預けてほっと息を吐いた時、勢いよく体を抱きかかえられた。

「ほわあぁぁぁぁぁぁ!?」
「よいしょっと。じゃあ、早く帰って体温めようね」

軽々と姫抱きしたスザクは、ひょいひょいとランスロットを駆けあがった。

「ままままま、待てこらスザク!降ろせ!!」

こんな姿誰か見似られたらどうする!
末代までの恥だ!!

「ちょっ、暴れないでよ。落ちちゃうよ!?」

ランスロットの腕を駆け上っている最中に暴れられ、流石のスザクも慌てた。あれだけぐったりしていたのに、何処にこれだけの体力が残っていたのか。

「なら降ろせ!こ、こんな運び方するな!!」

姫抱きは恥ずかしと、ルルーシュは顔を真っ赤にして怒鳴った。理由はどうあれ、青ざめた顔に血の気がさしたことに、スザクは安堵し笑みをこぼす。

「いいじゃないか、誰も見てないんだし」
「見てる見てないは関係ない!!」

なんだその笑顔は!!馬鹿にしてるのかお前!!

「もう、めんどくさいなぁ」

そんなんじゃないってば。
そう言いながらも降ろそうとはせず、スザクは暴れるルルーシュを腕力で押さえつけると、ひょいひょいとコックピットまで移動した。
とはいえ一人乗りのKMFの内部。二人で乗るには狭すぎた。

「んーと、これはルルーシュを膝の上に乗せて・・・」

こう抱きかかえたまま操縦するしかないかな?

「は!?ふざけるな!断固拒否する!いいから座れ!俺は、そこでいい!」

どうにかスザクの腕から逃れたルルーシュは、スザクを席に座らせると、その横に身を縮めてかがんだ。座席の左右には一応人一人が立てるだけの幅はあるのだ。細身のルルーシュなら訳も無くそこに収まる。

「でも、君は一応皇子なんだから、そんな所にいると問題だろ?あ、僕がそこに座るから君がランスロットを操縦すれば」
「無理だ!いいからさっさと起動して動け!これは命令だ!」

ええ~!?と、文句を言うスザクを叱咤し、どうにかランスロットを起動させた。
ランスロットの操作は軽い。軽すぎる。ほんの少しの動きにも敏感に反応するため、はっきり言えばスザクにしか乗りこなせないのだ。それを操縦なんて、ましてやこの疲労しきった体と脳でやれなんて、死ねと言っているような物だ。だが、スザクとしては当たり前のように操縦できる機体で、寧ろまだ反応が鈍いと思っているのだから、他のKMFより操作はらくなのに何で怒るんだろうと不思議そうな顔をしていた。
実は一度スザクがいないときにランスロットのシミュレーターをやったのだが、転倒や衝突ばかりでまともに歩くことさえできなかったのは秘密だ。ロイドとセシルにももちろん口止めをしている。
ハッチが閉じられ、少し狭いが外気からも遮断された事で、ルルーシュはようやく安堵の息を吐いた。そして、座席の横に膝をつき、スザクの膝の上に上半身を乗せる形で突っ伏した。寒くて仕方のない体にはスザクの少し高めの体温が心地いい。それにこうしていれば先ほどのように振り回されてもある程度体は安定するだろう。
操作の邪魔にはならないが、ぐったりと膝の上で伸びているルルーシュの体はパイロットスーツ越しにも解るほど冷えていて、早く帰らなければとランスロットの動きを速めた。

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